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オフコンメーカーによるオフィスコンピュータの定義




オフィスコンピュータという名前を自社の事務処理専用コンピュータに冠したのは、三菱電機のMELCOM81が最初です。
その後、電子協によってオフィスコンピュータの定義が行われると、NEC、東芝なども相次いで自社の該当コンピュータにオフィスコンピュータとという文字を冠しました。

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今でこそオフィスコンピュータ(オフコン)といえば、堅牢性・高運用性の代名詞となっていますが、

1970年代のオフィスコンピュータの能力は、今とは全く異なっていました。

  • 通信機能はほとんど無いため大抵スタンドアロン形態
  • 印刷するにも画面表示するにしても英数字(せいぜいカタカナ)しか使えず
  • 搭載メモリ量も無いに等しい上に演算装置の処理能力も低いため高度な処理は望めず
  • ハードディスクも大抵無く、データベースも無く、と無い無いづくしで、各アプリケーション間でのデータの連携のようなことすらほとんどできない。

1970年末に空前のオフコンブームが発生しましたが、急成長の業界にありがちなことに数々の歪みが表れ、その結果ある雑誌で動かないコンピュータが盛んに特集として挙げられるほどでした。

  • 60社以上とも言われるオフコンメーカーが乱立した結果、オフコンの出来も玉石混合。
  • さらに各社が販売網の構築に走ったため、最終的には個人経営の文房具屋や一般家電ショップといった今までコンピュータにあまり縁のなかった会社までがディーラーとして参入。
  • ディーラーが激増してオフコン販売台数が増えると今度はSE、プログラマが足りないため、促成のSE、プログラマが次々に誕生。
  • この頃は先に書いたようにオフコンの能力はまだ低かったが、激しい競争の下、ディーラーと営業マン達のうちの一部が「何でもできる夢のようなオフコン」といった過大な宣伝をしたため、ユーザのオフコンに対する意識と実際にギャップが生じた。
  • 新しい機械自身と、それによって仕事の手順が変わることによる抵抗感、そして「社員1人の月給程度のリース料で、社員数人分の仕事をします」といったセールストークによるリストラへの恐怖感から「オフコンアレルギー」という言葉が誕生

このように当初は職場を変える夢のコンピュータとして華々しくデビューしたオフィスコンピュータ(オフコン)も、1980年代初頭になると一部の人々の間であまり好印象を与えない言葉となっていました。

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1980年に入るとオフィスコンピュータの姿が変わり始めました。

  • 大容量半導体メモリの誕生、32ビットCPUの搭載によって高度な処理が可能に
  • 通信機能の強化による分散処理
  • 漢字搭載による高品質の印刷能力とそれに伴うワープロ、表計算ソフトの普及
  • リレーショナルデータベースの搭載、アプリケーションの充実

このようにオフィスコンピュータの能力が飛躍的に高まりました。

さらにこの頃になると激しい競争によってオフコンメーカーやディーラーが絞られ、質の悪いオフコンが駆逐されていきます。

以上のような状況から、昔のオフコンの(若干悪化した)イメージを払拭して、新しいオフコンにふさわしい名前を付けるべきという動きがオフコンメーカーの中に出てきました。

こうして1985年前後に相次いでNEC、富士通、三菱電機、東芝といったオフコンメーカーが、今まで「オフィスコンピュータ」と付けていた自社のコンピュータのシリーズ名称を「オフィスプロセッサ」「OAコンピュータ」「OAオフコン」等に変更していきました。

これ以降、メーカーの事務処理用のコンピュータの宣伝などには、「オフィスプロセッサ」「OAコンピュータ」などの新しい名称の方が使われていきます。

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つまりオフコンメーカー側の定義によると、1970年代から1985年頃までの事務処理向けコンピュータが「オフィスコンピュータ」となります。

しかしながら、新しい名称はそれほど普及しませんでした。
名称の付け方が各社バラバラであったこと、世間一般に「オフィスコンピュータ」、「オフコン」という名称が浸透しきっており、他の名称が入る余地が無かったこと、などが理由です。

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なお、1990年代にも各社名称変更に再挑戦しています。

アレイディスク、クラスタ構成、無停電電源装置といったメインフレーム技術を積極的に取り入れた1990年前半でこの時には「オフィスサーバ」、「ビジネスサーバ(後にさらにインターネット・ビジネスサーバ)」「ソリューションサーバ」といった名称を付けました。
これらの名称は普及せずに終わっています。

結局メーカーもオフコンという名称を使い続ける他なく、NEC(Express5800/600シリーズ)、富士通(PRIMERGY6000シリーズ)、三菱電機(EntranceDSシリーズ)のWebサイトでは、「ソリューションサーバ」「インターネット・ビジネスサーバ」といった新しい名称と平行して「オフィスコンピュータ」「オフコン」という名称でも紹介されています。



なぜ1970年代のオフコンの性能が低かったか、これは当時のオフコンには役目があったからです。
当時国力増強のために中小企業の事務処理の機械化/自動化の急速な進展が必須とされていました。
中小企業で購入できるほど安価のコンピュータが必要だったため、不要な機能を削ぎ落とした事務処理の機能のみに特化した能力を持つオフコンが誕生したのです。
事務処理には基本的に四則計算ができればよく、中小企業対象であれば桁数もそれほど必要でなく、後は印刷ができれば十分だったので、それほど性能は必要ないと考えられていました。
1980年に入るとより安価なパソコンが誕生、「安かろう○かろう」コンピュータの座をパソコンに譲らざるを得なくなり、オフコンは大きく姿を変えることになりました。




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