Google
オフコン練習帳内を検索
インターネット全体を検索

NECオフコン関連
オフコン一般
情報
トップ  >  NEC製オフコンの歴史

NECオフコンの歴史


0.NECのコンピュータの先祖達(〜1966)

最初に、NECの最初のコンピュータと、事務用コンピュータについて簡単に説明します。
ここに紹介しているコンピュータは、ほとんどが汎用コンピュータ(メインフレーム)の先祖です。しかし、これらのコンピュータと初期のオフコンは深い関連があります。

0.1 NEC最初のコンピュータ

NECのコンピュータ第1号は、NEAC-1101で、1955年に試作開始し、1958年に稼動開始しました。
このNEAC-1101はいわば試作品とも言うべきもので、実際に最初の商品となったのは、次のNEAC-1102(別名SENAC)で、1957年に東北大学に納められています。このシリーズは、さらにNEAC-1103が製作されました。これらは、パラメトロン式コンピュータでした。

NECのパラメトロン式コンピュータの開発は、NEAC-1103で一旦終わります。しかしパラメトロンの技術は、オフコンの先祖であるNEAC-1201に引き継がれることになります。

0.2 NEAC-2201、NEAC-2203シリーズ

事務計算用のコンピュータ第1号は、1959年のNEAC-2201になります。これは同時にNEC最初のトランジスタ式コンピュータともなりました。このNEAC-2201を改良したNEAC-2203が開発されました。初期のNECのコンピュータはNEAC-2203が原型となり、さらに中型のNEAC-2230や大型のNEAC-2206へと発展していくこととなります。
1961年にNEAC-2203の縮小版として、小型機のNEAC-2205が発表されます。

0.3 NEAC-2200シリーズ

1962年にNECはアメリカのハネウェル社と技術提携を行い、ハネウェル社製のコンピュータの製造販売を始めます。1963年、ハネウェルがIBM1401対抗のH200を発表すると、NECはそれをノックダウン生産し、NEAC-2200として発売します。

1964年にIBMシステム360が発表されると、ハネウェル社は、H200をファミリ化して対抗します。NECもそれに応じてNEAC-2200をファミリ化します。このうち、もっとも小型のNEACシリーズ2200モデル50は、発売から5年を経過し陳腐化したNEAC-2205の代替として登場しました。モデル50はオフコンの片方の先祖となります。




  戻る  次へ
  戻る  次へ



この当時のNECのコンピュータの名前はNEACプラス4桁の数字となっています。4桁の数字は、コンピュータの分類を表しており、千番台の数字が使用素子の種類を示し、1がパラメトロン、2がトランジスタ。百番台の数字が用途の分類で、1が科学計算用、2が事務用を指します。最後の二桁の数字は、それぞれの系統での開発番号となります。例えばNEAC-1101は、パラメトロンを用いた科学計算用のコンピュータの第1号、NEAC-2201は、トランジスタ式の事務用のコンピュータの一番最初のものということになります。
この命名方法は、ハネウェル社のコンピュータが登場する前まで続きました。
NEAC-1101以前にアナログ式のNEACを作成している。
もともとNECは各種電気通信装置の設計製造を行うための会社でした。本業の伝送技術の設計には複雑な計算が必要でした。このため、伝送用濾波器の設計計算にコンピュータを使用したいというのが初期の目的でした。NEAC-1101は研究所主導でまず動くものを作るという試験的な目的で開発。NEAC-1102は(濾波器の設計に使用したいという)工場側と東北大学が主導で研究所が手伝う形で開発。
1959年末から1960年3月頃にかけて順次、防衛大学と社内用に納入され、技術計算に使用された。社内用は濾波器の設計をはじめ各種設計自動化に使用された。
1954年に当時東京大学高橋秀俊研究室の大学院生後藤英一氏によって発明されたコンピュータ用の論理素子。フェライトにコイルを巻いてコンデンサと抵抗を付けた構造で、当時主流の真空管と比べて構造が単純で安価(当時の値段で500円程度のパラメトロン素子と同等のものを真空管で作ると1万円以上、トランジスタでも5千円以上)、丈夫、小さい、という特徴があった。その後日本の技術水準が上昇し、トランジスタも安定供給されるようになるとパラメトロン式コンピュータは作られなくなった。
電気試験所のMARKIVの技術導入により製造。ちなみにNEAC-2201は、1959年6月にパリで開かれた第1回情報処理会議、オートマスの展示、実演した。このとき、IBMは後にIBM1401として発表されるIBM初のトランジスタ式コンピュータを非稼動モデルで展示していた。
「NECコンピュータ発達の物語」によると、日本初の商用コンピュータでもあるらしい。別の本によると、異論もあるようですが・・・。
ハネウェル社製のNEAC-2200が登場するまでの、NECのコンピュータの原型。このコンピュータをベースとして、いろいろなコンピュータを作っている。NEAC-2203BASIC(1959年)をEDPS対応としたNEAC-2203EDPS(1960年)、コアメモリ使用後継機のNEAC-2206(1962年)と資産継承重視のNEAC-2230(1962年)、窓口業務向けのNEAC-2204(1961年)、小型のNEAC-2205(1961年)、科学技術計算向けのNEAC-2101(1962年)があった。ハネウェル社製のコンピュータが登場した時に、これら純国産のコンピュータはSPシリーズと分類された。
中小企業向けとして、NEAC-2203の技術で開発された「国民車的」小型コンピュータ。1961年7月発売。入出力装置は紙テープ鑽孔タイプライター、メモリに磁気ドラムを使用。しかし、当時はまだコンピュータは大企業のものという意識が大きかったため、中小企業はコンピュータに対する関心も低く、あまり売れなかった。
1963年11月に、当時のIBMの主力コンピュータIBM1401の置き換えを狙って発表された。第3世代コンピュータの到来を早めたといわれている。
NEAC-2200の少し前、1963年4月にハネウェル社のH400、H1400、H800をNEAC-2400、NEAC-3400、NEAC-2800として発売している。

H200はハネウェル社の当時最新のコンピュータ。提携時は極秘開発中で、NECに対して詳細は教えてくれなかった。1963年11月にハネウェル社が発表、翌1964年5月にNECも発売。最初はノックダウン生産だったが、徐々に自社生産比率を上げ、最終的には100%自社生産にした。ここからのNECのコンピュータは、ハネウェルのものを手直しするか、共同開発なので、純国産とは言えないかもしれない。このNEAC-2400、NEAC-2200などハネウェル社のコンピュータはCPシリーズと呼ばれる。
例えば、1965年から1966年にかけてモデル100、200、300、400、500を発売するなど。また本格的なOS(MOD-1など)を搭載した。
コアメモリ、ICで構成。1966年8月発売。NEAC-2205と同様、当初の目的は中小企業向けであったが、データ通信システムの発達により、大企業の営業所などの地方拠点の端末コンピュータとなることも多かった。